横山仁子(ゲスト聴講、ピアニスト)

 

約3年前のある日の事です。同僚の先生から「お嬢さんがドイツに音楽のお勉強に行かれる事があったら、ぜひ小長久美さんを訪ねてみてください。きっと新しい扉を開いてくれると思います。」とのお話を頂きました。「小さいに長いと書いて“こなが”と読むんです」と、何度も念を押すように仰ってくださったお陰か、その後もずっと私の心に留まるお名前となりました。

 

音楽大学を卒業してから30年を迎えた今年の始めに、「ここで1度立ち止まってみようでなないか。自分を見つめ直す時がやって来たのでは?」と、心の奥から声がしました。振り返ってみると、3人の子育てをしながらも休むことなく、夢中になって教え、演奏活動をしてきた、走り続けてきた自分がいます。そして、音楽が媒体となり、国籍・年齢・性別を越えた人間関係を築いてきました。音楽と共に歩んで来たからこそ、得られた大きな宝物だと思っています。しかし、その一方で、原点に立って、もう一度音楽をゆっくり見つめたいという思いも膨らみ続けていました。今夏、思い切って訪欧することに決めました。そして、まだ大学の合否の結果が出ない中、音楽の道を志す次女も連れて行こうと思いました。西洋音楽の生まれた地で経験する事の全てが、彼女の血となり肉となり、やがて音になって奏でられるに違いありません。どんな結果になっても連れて行こうと思いました。娘にとっては、“棚からぼた餅”であったことでしょう。せっかくの機会なので、私の当初の予定に繋がるセミナーも受講しようという事になりました。そしてヒットしたのが、何と!あの小長久美さん、“Dr.KONAGA”が創設するセミナーだったのです。私には購入済の航空券やホテルの取り直しも苦にならず、この人生の風の流れにワクワクしながら事を進める事ができました。

 

そして迎えたセミナー当日の事です。聴講の希望をご快諾頂きましたので、ホームステイをした娘とは別行動でミュンヘン音大へと向かいました。ホテルから学校へ向かう中、ふっと《当時、彼女はずば抜けた言語力があり、あるテーマを熱心に探求する、大変優秀な学生だった。卒業後は、研究の道を志し、他大学の大学院へ進学し、さらにドイツへと飛び立ち、研鑽を積んでいらした。そして、その熱き思いが実って、数年前に遂にミュンヘンで、学校法人のアカデミーを設立した》との同僚から聞いていた小長さんについての話を思い出し、Dr.Konagaに対して堅ぐるしい生真面目な像を勝手に描き始めていました。ベッケラー教授のレッスン室へ入ると、娘の前の生徒さんがとても良い表情でレッスンを受けており、温かな空気が流れていました。そして、そこには、私の予想とは全く異なる、優しい瞳で生徒さんを見つめながら絶妙なタイミングで通訳をしている、エレガントな女性のDr.Konagaが座っていました。「才色兼備とは正にこの方を指す言葉ではないかしら?」・・・暫くは、教授のレッスンより、Dr.Konagaの一挙一動に気持ちがいってしまう程でした。そして、これからの1週間が本当に楽しみとなりました。

 

前書きが大変長くなりましたが、この様な背景があったからこそ、私にとっては、特別な思いで聴講ができ、以下の感想に繋がったことと思っています。

 

レッスン

 

私は、我が子達が譜読みができるようになった小学5年生の頃からは、静観する立場を貫いています。何故なら、自分の小さな殻に彼女達を閉じ込めたくないからです。それより、できる限り多くの大人とふれあい、様々な人生観に出会い、生きるヒントを得て欲しいと願っています。よって、今回も娘が何を選曲し、どの程度の準備をし、どの様にレッスンに臨むのか、他の生徒さんと同様に新鮮な思いで聴講しました。

 

ベッケラー教授

 

生徒さん達は先生と挨拶を交わした瞬間から、優しい空気に包まれ、穏やかな表情でレッスンを受けていました。そして、先生が奏でる美しく柔らかな音色には、どの生徒さんもうっとりする様子が印象的でした。先生の美しい音については、評判でしたので、私も実際に聴く事ができて大変嬉しく思いました。繊細な音からダイナミックな音まで、自由自在に操り、澄んだ丸い形の単音はおしゃべりをし始めます。豊かな音色のハーモニーは、景色をどんどん変えて行きます。ピアノという楽器の真髄を示して頂いた贅沢な時間でした。例え同音であっても1つ1つが言葉であり、音色は異なる。11音に表情をもたらすには、身体の脱力と腕や手首の使い方に鍵がある。生徒が思う様に発音できずに戸惑っていると、生徒の気持ちに寄り添うように丁寧にご指導され、本人が確実にそのコツを掴むまで何度も音を奏でながら模倣させていました。決して緊張感を与えずに気持ちを引っ張りながら指導される様子は、先生の温かなお人柄が滲み出ている様でした。

 

シェーファー教授

 

エネルギッシュなシェーファー先生は、まるで魔法使いの様です。生徒さん達の体や心の中の眠っている力を目覚めさせ、いつの間にか先生のモードとリンクさせてしまいます。そして、その活気あるテンポ感に乗せて、楽譜に書いてある事をしっかり読み解く事の大切さを教えていかれます。「ここにあるPはどういう意味があると思う?」「クレッシェンドはどこまで?」「なぜここに書いたと思う?」・・・次々と問いかけ、作曲家の思いに近づけるように導いていきます。同じ記号であっても意味合いが異なり、それを表現するためにどの様な音質が必要なのか、強弱の出し方、ハーモニーの移り変わり、ペダリング等、様々な要素をチェックしながら、短時間にみるみる音楽を変えて行きます。生徒さん達は変化していく喜びを実感し、レッスンの最後には明るい表情になっていました。熱意溢れるシェーファー先生ならではの為せる業なのだと思いました。

 

環境

 

ミュンヘン音楽大学の校舎でのレッスンは、広々とした空間にスタンウェイ2台のお部屋で行われました。ダイナミックな音を思いっきり出せる事はもちろんですが、繊細な音の響きの方向性を確認する事もできる環境だったのではないかと思います。また、練習室も2台のグランドピアノとソファーや机が設置してある、ゆとりのあるお部屋で、この1週間をピアノに熱心に向き合う生徒さんにとって、ありがたい環境だったことと思います。

 

外人の先生からレッスンを受けるにあたり、言語は一つの障害となりがちです。相当な言語力がある人、または、母国語が話せる人は別ですが、大半は英語に変換されてコミュンケーションをとります。そして、おおよその事を理解してレッスンが進行していくのだと思います。これまで、娘もその様な形でマンツーマンのレッスンを受けてきました。しかし、今回はDr.KONAGAの通訳でレッスンを受講しました。先生方の話のテンポを変えずに絶妙なタイミングで言葉を発していきます。その言葉は音楽学者であり、演奏家でもあるDr.KONAGAならではの言い回し。生徒にとって、集中力を絶やさずに言語のストレスが無い環境でレッスンを受けられた事も恵まれた環境といえましょう。

 

ホームステイ

 

今回、娘はHapp夫人のお宅で9泊をステイさせて頂きました。空港からは娘と全く別行動になる予定でしたが、23日の思いがけないテロ事件の発生で、Happ夫人に色々なご配慮を頂く事となりました。空港に到着した際は、事件も解決し、交通機関も回復していましたが、「心配でしょうから」と、一晩泊めて頂きました。そのお陰で安心して眠り、娘がお世話になるヒマワリの様に明るくお優しいHapp夫人とゆっくりお話しを交わすことができました。また、緑がたくさんある静かな環境の素敵なお宅の様子も知る事ができました。その後は、ホテルで連泊しましたが、コンサート、ご友人との夕食会、名所案内、ドライブ、ビアガーデン等、お誘い頂き、楽しい思い出を沢山作って下さいました。Happ夫人は、元高校の英語の先生であった事もあり、子供の心理を読み取り、ほど良い距離感を保ちながら温かなサポートができる方でした。修了コンサートの前々日のことです。ニンフェンブルク城を見学した後、庭園を3人で散歩しました。娘が離れた際に「昨日、少しナーバスになっていたみたい。だから、今日はここに連れてきたのよ。希が満足するまでこの森の中を歩き、池を眺めましょう。きっとコンサートでのシューベルトはバッチリよ!ここはみんなにエネルギーを与えるの。」とお話し下さいました。娘の表の健康状態だけではなく内面も見て、ケアして下さっている事に感謝の気持ちでいっぱいになりました。ステイ中、Happ夫人のお二人の息子さん達も毎日顔を出しては、おしゃべりをしていたとの事。娘も本当の家族の様に接し、くつろいで過ごせたようです。親子共々、ミュンヘンに新しく家族ができた気持ちでいます。

 

Prof.DR.Gerbitz邸でのコンサート

 

Happ夫人が段取りして下さり、セミナーの支援者でもあるProf.DR.Gerbitz邸でのコンサートへ出かけました。歴史的な建造物の邸宅で、ベッケラー教授のお嬢様のヴァイオリンとチェロのアンサンブル演奏と受講生の代表の方々の演奏を聴きました。特別な場所で演奏が聴けた事はもちろんですが、そこに集まった皆様と交流できた事は貴重な経験でした。庭園でワインとお食事とおしゃべりを楽しみ、お部屋で音楽を楽しみ、まるでタイムスリップしたかのような光景でした。昔のサロンコンサートとはこういう雰囲気であったのはないでしょうか。作品を紐解く上で、この日の経験は私達に多くのイメージを与えてくれると思います。

 

修了コンサート

 

スタインウェイハウスのルビンシュタインホールにて修了コンサートが行われました。裏方として、少しお手伝いをさせて頂きました。全ての細々した準備が、Dr.KONAGAの心がこもる手作りによるものでした。そして、友の会の朝島氏が手際よく振り分け、会場を作り上げていました。控室では、受講生が和やかにおしゃべりをしながら過ごしていて、同じ志をもつお仲間がお互いを認め合い、励まし合い、謙虚に学び合っている様子が伺えました。これは、このセミナーならではの光景だったのではないかと感じました。1週間を聴講させて頂きましたが、初日からこの日まで、この和やかな雰囲気は崩れる事なく、感心するほどでした。きっと、彼女達は、この期間得たレッスン内容だけではなく、人として大切な事柄も発信していく事でしょう。また、音楽を愛する地元の方々の前で演奏し、演奏後には言葉をかけてもらい、どんなにか嬉しく幸せな時間だったことでしょう。音楽の原点を感じた素敵なコンサート風景でした。そして、コンサート後の打ち上げでは、先生方を囲み、気さくに話を交わし、音楽談義に花を咲かせていました。満足感に浸る受講生の姿を見ながら、1週間の密度の濃い全ての時間に快い終止符が打たれた事を感じました。

 

Dr.KONAGA

 

全てをふりかえり、Dr.KONAGAの活躍に敬服をしています。ご自分が学んでこられた事、感動してきた事の全てを惜しみなく若者達に伝える為に日夜取り組んでいらっしゃる。その献身的な姿を知る度に、私は多くの刺激を頂き、考えさせられました。友の会の朝島氏は、第1回目の受講生だったとの事。Dr.KONAGAが導いてくれた事柄に心から感謝し、お手伝いをしたいと話してくれました。今、朝島氏の気持ちが理解できる自分がいます。先生方との信頼関係、支援者によるホームステイの提供やコンサートは彼女の熱意と心あるお付き合いの賜物なのだと思います。みんなが彼女の活躍を応援し、愛している。みなさんとふれあう温かな光景を目にしながら、Dr.KONAGAの築いてきたものの大きさを感じました。「熱意は必ず道が開ける出会いとチャンスをもたらす」・・・Dr.KONAGAの言葉には、通ってきた道のりの重みを感じました。受講生にとって、セミナーの内容だけでなく、彼女に出会えた事は大きな宝物になることでしょう。

 

思い切って訪欧した今夏、私も有意義な時を刻むことができました。これからの自分への課題ができ、嬉しく思っています。

 

Dr.KONAGA・小長久美さんとの出会いに心から感謝を申し上げます。

 

稚拙な文面ですが、以上を書き上げました。小長さん、朝島さん、本当にお世話になりました。これからもご縁が続くことを願っています。