藤田健夫(2014年受講当時 東京音楽大学4年)

 

学ぶ場をどこに、そして、いつ、誰と、それは本当に大切な事です。が、それは自分自身の力だけではどうにもならない事があると思います。

私事になるのですが、僕はこのミュンヘン国際音楽セミナーの直後、この春、大学を卒業しました。

 

四年になり、共に音楽を追ってきた周りの仲間達が、安定の道を選んだり、音楽との関わりを考え、それぞれの事情で夢を中座せざるを得なかったりと、少なからず将来や進路の事を考え出し、僕自身、無意識に避けて来たそのような問題に、目を向けざるを得なくなりました。そのような事もあって、この一年は本当に鬱々とした葛藤と疑問を抱えた日々でした。

 

とりあえず院に進学、そう無理矢理自分自身を納得させようとしていた時、友人から「お前は外に出たらどうだ」と、土着指向の僕には思いもよらなかった可能性をもらいました。それが妙にしっくりきてしまい、そこからこのセミナーに参加するまでの流れは必然的なものがありました。

 

留学を決めてから唐突に相談したにも関わらず理解してくれた両親や、周りの状況などもあり、音楽を学び続けられる事の有り難みを、そこで改めて実感したりもしました。国を考えた時、僕はドイツものが好きだし、ドイツでドイツ人の先生について学びたい、と決めた直後、12月に丸の内で行われた小長先生主宰のドイツ留学の説明会に参加させて頂き、更には大学で師事している先生、過去にこのセミナーに参加した友人のお墨付きもあり…

このように何か、流れや人との出会いと人様のお力で参加させて頂いたこのミュンヘン国際音楽セミナー。

 

初めてのドイツ、御好意でホームステイさせて頂きました。違う文化の方と直に接し、更には生活を共にするというのは初めてでしたが、Dr. Gerbitzご夫妻が心から歓迎して下さり、誠意や人が尊ぶ感情は世界共通なのだと、感動すら覚える最高の体験でした。

 

そのお陰で、Dr. Gerbitzご夫妻のお宅で行われたサロンコンサートで弾かせて頂いた時は、余計な不安は全くなく、、本当に暖かい拍手を頂け、仲間、自分の演奏ともに音楽の純粋な喜びがありました。演奏後に、音楽の専門家ではない方から「あの怒りの日のパラフレーズが…」(当日、プログラムに死の舞踏がありました)、といった話題が出た時には、土壌というか音楽というものの浸透の仕方の違いに、ヤラレタな、流石だな、という感じでした。

 

両先生のレッスンは本当に素晴らしいもので、僕はベッケラー先生、シェーファー先生ともに2回ずつレッスンを受けたのですが、ベッケラー先生は聞いた事のないような音を楽器から引き出し、その質について、また、先生のお人柄の滲み出るような暖かい音楽を示してくださり、そこに近付くための様々なアプローチや具体的な方法、身体感覚について非常に親身に教えて下さいました。

 

シェーファー先生は、より明確な表現、どんな細部も疎かにしない明瞭さを求め、その上で音楽を大きく捉える事教えて下さいました。ともすれば、おざなりにしてしまう自分自身の問題をしっかりと直視し、その上でより自由になれる…自分の都合ではなく、曲の都合で弾く事がいかに大事かというような…

類は友を呼ぶ、と言いますが(やや妙な使い方ですが)セミナーに集った音楽を志す仲間、関わっている方々の、驚く程の人柄の良さはやはり、セミナー期間中、また渡航前、既に12月の説明会の時から本当に親身に様々なお心遣い下さった小長久美先生のお人柄によるものだと思いました。

 

このセミナーは、音楽を語り合い、食事や観光を共にし、未だに連絡を取るなどしている、得難い仲間との出会いの場でもありました。

音楽というものが、人と強く結び付いているのならば、(これこそ今回改めて、最も強く学んだ事でありますが!)そしてそれが感動を生み出すのならば、このような、セミナーに関わる暖かい人達がそれを教えてくれました。

 

益々、音楽を追う事、そしてドイツへの憧れは強きものとなりました!

まだまだスタート地点の、準備段階ではあるのですが、自分自身の選択の後押しをしてくれ、「これからも僕は音楽をやっていく」

いつか、そう言い切れるようになりたい、その大きなきっかけ、覚悟とやりがいを改めて教えてくれたのは、やはりこのセミナーでの人との出会いでした。

 

本当に、音楽と人に恵まれたセミナー、繋がりを与えてくれた最高のセミナーでした。関わって下さった全ての方に感謝致します。ありがとうございました。